日記

しちぐゎち(旧盆)と「うーとーとぅ」

ウークイ

ウークイ今日(2012/9/1)は旧盆最終日『ウークイ』で、ご先祖様があの世へお帰りになります。お盆でもこの日は特に重んじられ、ご先祖様をお送りするために、供え物の御馳走を準備して、家族全員で「うーとーとぅ」します。
この「ウークイ」でのイベント的なものが、「うちかび」を燃やすことなのです。

この「うちかび」は、子供心をくすぐるものがあり、炎には不思議な力があるなぁと思っています。“なつかシーサー”がローソクの小さい火から焚き火が好きだからかもしれませんが… 😳

この「うちかび」について、[打ち紙]と書き、ご先祖様があの世で使うお金です。ウークイシーミー[清明祭]で燃やしてあの世の祖先へ送ります。藁(わら)を原料として、黄土色の紙の全面に銭型が打ちうけられています。その数は一枚に10行×10列=100個。普通に商店やスーパーなどで売られていますが、あの世では一枚で一体いくらの金銭価値があるでしょうね。

うちかび家長である父親が「うちかび」を燃やす際、「おじー、おばーにお金たくさん持たそうね」と毎年のセリフなので深くは考えたこともなかったのですが、この「うちかび」は、お盆でご先祖様がこの世に降りてくるわけですが、あの世へ帰るために支払うお金だそうです。いわば関所を渡るために支払われる「税金」なんですね。燃やして送っても、すぐに使われていたとは…さらに、あの世でも税金・・・ちょっとさびしさを感じるのは“なつかシーサー”だけでしょうか…。

「うちかび」の注意事項です。
・うちかびは残金が出ないようにきちんと燃やしましょう。
・うちかびの代わりにちり紙やコピーを燃やす事はやめましよう。紙幣偽造にあたります。

うーとーとぅ

うーとーとぅ「うーとーとぅ」は、祈る対象の神仏への心を込めた呼びかけの言葉で、仏壇・お墓でご先祖様に祈りを捧げる時、うぐゎん[御願]をする時に、両手を合わせてとなえます。両手を合わせて拝むこと行為自体も指し、「うーとーとぅするよー」と家族に言うわけです。この言葉の語源は、古語の「安名尊(あなとうと)」だそうで、最高の尊敬の念を表す意味になるようです。

発音について、“なつかシーサー”も間違っていたのですが、「うーとーとー」と言っていました。・・・というより、親がそう言っていました。そのようにずっと聞こえていましたが、間違っていたようで、「うーとーとぅ」が正しいそうです。
うちなーぐちでは「とー」「とぅ」の区別が難しいですね。

祈りの言葉 ×「うーとーとー」 「うーとーとぅ」
上等 ×「じょーとー」 「じょーとぅー」
石敢當 「いしがんとー」 ×「いしがんとぅー」
数字の“十” ×「とー」 「とぅー」
昔の中国“唐” 「とー」 ×「とぅー」

「うちなーぐち」の現代風「うちなー・やまとぐち」と考えるなら、どちらでもいいことになりますが、できるだけ「うちなーぐち」で話したいものです。(正直、むちかさん[むつかしい])

がなしー

龍神ガナシーこのお盆で知った言葉に「がなしー」があります。龍神マブヤーの「龍神ガナシー」の由来にもなる言葉です。

「がなしー」とは、尊敬の接尾辞で[~様]という意味で、うすがなしー[国王様]、うやがなしー[親御様]のように使います。『テンペスト』の首里天加那志(しゅりてん・がなし)は「国王陛下」ぐらいの意味になります。

祈りやうぐゎん[御願]する際には、
「うーとーとぅ △△△がなしー」という言葉で語りかけるのです。

ヒヌカン[火の神]うーとーとぅ ひぬかん・がなしー
[ああ尊い、火の神様]
「ヒヌカン」[火の神](家の守護神で台所におかれる)への御願は女性が行い、旧暦1日15日などの年中行事、人生儀礼(出産・入学・結婚など)、家族の健康などを御願をする。

トゥクヌカミ[床の神]うーとーとぅ とぅくぬかみ・がなしー
[ああ尊い、床の神様]
「トゥクヌカミ」[床の神](家族を守護する神で床の間に祀られる)への願い事は家長である男性が行う。「トゥクヌカミ」は「ヒヌカン」同様、年中行事、人生儀礼において、家の繁栄・家族の健康などを祈るが、「ヒヌカン」ほど浸透していないのが現実である。

ヒジャイヌカミ[左の神]うーとーとぅ ひじゃいぬ・うかみ・がなしー
[ああ尊い、左の神様]
「ヒジャイヌカミ」[左の神](お墓の守護神:お墓に向かって右の方に存在する神)への御願は家主が行い、シーミー(清明祭)やジュールクニチー(十六日)、ナンカ(七日)などのお墓参りをするときに御願をする。

仏壇/ウヤファーフジ[先祖]うーとーとぅ うやふじ・がなしー
[ああ尊い、ご先祖様]
「ウヤファーフジ」[先祖]亡くなっているその家代々の人々は、仏壇に祀られている。行事ごとで家族全員で拝み、しちぐゎち[旧盆]、そーぐゎち[お正月]にはお中元・お歳暮をお供えして親戚、縁者も拝みます。

沖縄には、これら以外の神様がたくさんいます。今回は代表的な4つを紹介しました。

うぐゎん・くとぅば

うぐゎんくとぅば[御願言葉]今回のしちぐゎち[旧盆]で、うちなーの風習・うちなーぐちについて、まだまだだなぁと感じましたが、このサイト「沖縄の心(しまぬくくる)」のネタ探しで、いろいろ調べて知識を得て、自分が「うーとーとぅ」する心構えが変わったことが一番大きな収穫だったと思っています。

 「うーとーとぅ」する際の『うぐゎん・くとぅば』[御願言葉]のつぶやきは、今は少ししか話せないですが、今日は心を込めてご先祖様に感謝して送りたいと思います。

またん・やーぬん、めんそーち・くぃみそーり、うーとーとぅ
[また来年もいらして下さい]

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しちぐゎち(旧盆)と旧暦

旧盆 沖縄の最重要な行事

旧盆今日(2012/08/30)から、沖縄ではお盆入りウークイ)に入ります。

沖縄の旧盆(しちぐゎち)とは、旧暦の7月13日~15日の3日間のことで、それぞれの家に先祖様が戻ってきて子孫や家族と共に過ごす祖先供養の行事で、沖縄での最重要行事になります。

全国的なお盆は、新暦での8月15日となっていますが、本来のお盆というのは、沖縄のように旧暦7月15日に行われていたようです。現在のようになったのは、明治6年(1873年)のグレゴリオ暦(新暦)採用によって、新暦8月15日(月遅れの盆)でお盆を行う地域が多くなっていきました(新暦の7月15日で行われる地域もあり)。
では、なぜ沖縄・奄美だけ、昔ながらの旧暦7月15日で行われるのか、今回、いろいろ調べてみて推測してみました。歴史的な要因が強いのではないかと・・・・・・

1871(明治4)年 廃藩置県 中央集権体制への行政改革
1872(明治5)年 第一次琉球処分 琉球王国から琉球藩へ
1873(明治6)年 グレゴリオ暦採用 太陰太陽暦から太陽暦へ
1879(明治12)年 第二次琉球処分 琉球藩から沖縄県へ

テンペスト - 琉球処分このように明治政府により、琉球王国から琉球藩へと変えられた翌年に、今までの暦からいきなり新暦に変わります。と急に言われても風習を変えることはなかなかできなかった。あるいは、感情的に変える気もなく、ささやかな抵抗だったのでは・・・と思うのです。(歴史的・学術的根拠はまったくありません、あくまでも推測です。) 😳

ちなみに、沖縄のお正月の時期が、なぜ旧暦から新暦に変わったのかは、1956年(昭和31年)、米軍下の琉球政府に新生活運動推進協議会ができて「新正月一本化運動」が推奨されたのが原因で、徐々に変わりはじめ、沖縄復帰のころには新正月が主流となりました。(一部地域で旧暦のところもある。)

今回調べてみて初めて知ったことばかりです。そして、風習というのは制度や運動によって変わっていくと言うことなんですね。しかし、沖縄のお盆が今なを旧暦のまま残っているのは、1年の行事のうち祖先崇拝が最も大事に思われているからでしょう。(ということにしておきます)

旧暦について

お月様まず、現在の暦は、西暦(グレゴリオ暦)で地球と太陽の位置関係をもとにした暦です。これに対し、旧暦(太陰太陽暦)というのは、月の満ち欠けを考慮した暦です。

太陰暦は、朔(新月)となる日をその月の一日(ついたち)として日付を数えます。ですから、三日月は3日、満月は15日(十五夜)といった具合に、日付と月の満ち欠けに対する呼び名が一致します。

人の暮らし、生き物の命と『月』とは、深く神秘的な関係があります。月のリズムは、女性の体や、潮の満ち引き、人は満ち潮のときに生まれ、引き潮のときに死ぬことが多いというのです。また満月の日は出産が多いともいわれています。

太陰暦また、昔から日本における祭事が、旧暦の15日に集中したそうで、満月により明るいからだということもありますが、満月だと、気分が高揚し、ケンカごとも多かったので、そのエネルギーを発散させるために、祭事を行ったというのが本当であったようです。
満月に変身する狼男のはなし等も、月の引力が人も高揚させる事にヒントを得たのでしょうか・・・。

なぜ沖縄の行事には旧暦が欠かせないわけですが、旧暦には自然のリズムとかなった暦であり、沖縄の時間の流れにマッチングしているのでしょう。新暦、旧暦を上手に使いこなして、沖縄での生活を過ごしていきましょう。

旧暦の行事スケジュール

「しちぐゎち」は、直接的には[7月]を指しますが、一大イベントである旧盆が旧暦7月13日~15日にあたることから、[旧盆]のことも「しちぐゎち」といいます。

旧暦7/13 ウンケー「お迎え」の意味)
家族で集まり、供え物をしてご先祖様をお迎えする日
旧暦7/14 ナカヌヒー中の日
三度の食事を仏壇に膳を供え、主に親戚の家を廻って、仏前で挨拶などをする日
旧暦7/15 ウークイ「お送り」の意味)
ご馳走や、あの世に持って行く品々、ウチカビを持たせてご先祖様を送り出す日

ウンケー今日は、ウンケーです。
うやふぁーふじ[ご先祖様]が、この世に私たちの様子を見にいらっしゃいます。
日頃、見守ってもらっているおかげですので、感謝をこめて、お迎えをいたしましょう。

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第35回 てだこ祭り -2012-

浦添の夏の風物詩

第35回てだこ祭り-2012-浦添市の『てだこ祭り』を見てきました。
なんと20数年ぶりに行ったのですが、てだこ祭りの公式サイトもあり情報の事前確認もしやすいからいいですね~。
まつりの中身も、昔とはだいぶ変わり多彩なイベントが盛りだくさんです。前夜祭「ひぃーやー祭々」、「文化協会舞台芸能」、サマーヤングフェスタ「Fighting of Music 2012」、「よしもとお笑いオンステージ」、「ちびっこカーニバル」、「ゲストコンサート」など。
今回は、「浦添三大王統まつり」(太鼓カーニバル)と「大花火ショー」をターゲットに絞り、見てきましたよ。

「浦添三大王統まつり」は、浦添・琉球王朝の時代を表現したさまざまな琉球芸能をメインに、ハワイ芸能・中国演舞もありで、総勢1,000名による壮観なショーになっていました。(市民参加型のまつりと実感!)
基本的に、大勢の人混みにまみれるのは嫌いな方なのですが、「まつり」は別ですね~。また、十数年も那覇に住んでいて、浦添に戻り地域のまつりに参加することで、地域への帰属意識といいますか、郷土愛もめばえてくるのかな・・・と思ったしだいです。
また、今年購入したCASIOのデジタルカメラで、本格的に初めて「夜景撮影」したのですが、「おおっ、さすがに、じょーとーやしぇー!」と思ったのでした。

「浦添三大王統まつり」(太鼓カーニバル)

第35回てだこ祭り-2012-
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